読者は、この本をジェームス・ジョイスが「良心の呵責」とよんだような、自己省察が生み出す喜びと不快の混在した恐るべき困惑をもって読むはずである。つまり、この本は結婚と性について取り扱った本ではなくて、ほかならぬ私というものを取り扱っているのである。考え、感じ、信じ、振るまうのは私なのである。どれほど、それが本当のことか、そしてどれほど私は愚かなことか。だが、私が人生の中で戦うべき戦いこそ、じつは限りなく貴重で、意味深いことなのではあるまいか。
A・グッゲンビュール-クレイグ「結婚の深層」