そしてコンテンツ屋はプラットホームホルダーと戦わなければならないのは必然だということです。
コミュニティベースのシステムというのは、最初にコアなユーザが集まって いるうちは質が高く保たれるけれど、次第に人気が出て参加者の裾野が広がって来ると 揚げ足取り合戦や人格攻撃が始まったりと、だんだん議論の質が落ちて行く傾向がある。
で、Paul Grahamは 「それは必然ではなく、システム的な不備であって、工夫によって防げる」という命題を 証明する実験としてもHacker Newsを位置付けていて、たびたびシステムをいじって 反応を見たり、別の方式を提示してみたりということをやっている。
自分の子供を心配する親や、この漫画のように友達を心配するのもまた、一つの純粋な気持ち。しかしその一方で、罵られる側/敬遠される側の「そういうものが好き」というのもまた、どうしようもなく純粋な気持ちなわけです。
共に金銭的利害の発生しない純粋な想いだからこそ、そのままでは両者は決して相容れることはありません。
しかし、だから。だからこそ、「自分自身」をわかってもらうしかないのです。
そして黒瀬は、その一歩を踏み出しました。確かに自分はエッチなゲームを作ってるけど、だけど、チカンじゃないって事と、ともえの眩しさに純粋に惹かれたって事だけは、わかって欲しくて。
カミングアウトの結果、振られるとか振られないとか、そんなの問題じゃありません。それは、一番大事にしたい存在を、自分が傷つけたかも知れないのが耐えられないから。彼女が傷を残したまま生きていくかも、と想像するだけで苦しくなるから。
アリより遅くしか走れない人間はいないし、馬よりも早く走れる人間もいない。人間の個体差なんてそんなもんだ。
人間で大きな個体差がうまれるのは、片方が本気でないときだけだ。
およそ現実の問題を数理モデルにおきかえるときに、一番、難しいのは実用的な数理モデルをつくることであって、たいていの場合はほとんど不可能に近い。不完全なモデルを試行錯誤しながら、現実と照らし合わせて、より矛盾が少ないものへと変化させていくことになる。
なのでモデルは基本的な構造を理解することが重要で、パラメータの推定は都度検討して現実と乖離しないように調整していくほうがいい。そう思って、ぼくは、いつも脳内でいい加減なモデルをつくってはこわしながら、つぎになにをすればいいか考えている。
そもそも知識も経験もないひとが思いつくアイデアなんて、あっているにせよ、平凡なので無価値。まちがっていたら、ゴミでしかないわけで、いずれにせよ価値がない。
なんで画期的なアイデアを思いついたひとは、よほど自分の知識経験の量に自信があって”だれにも”負けないとか思っているのでなければ、他人に話して意見をきいたほうがいい。たぶん、間違っているか、すくなくとも画期的ではない平凡なものであることにきづくだろう。